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ホームステイ先出発→ロサンゼルス着

金曜日→Pizza Partyが終わった夜に、Maconの友達のKirkがボストンの音楽学校に通っているチェリストを連れてきてくれた。前々から口約束はしていたけど、まさか離れる直前に会えるなんて思ってもみなかった。Aaronという学生なのだが、7歳からずっとチェロをやっていたらしい。試しに自分の借りたしょぼいチェロを貸したら、いろいろなコンチェルトを弾き出した。コンチェルトを弾ける人なんて実際腐るほどいるのだろうが、彼はいままで会ったどんな学生チェリストよりも音楽性があり、楽譜に忠実かつ、いかにも遠くまで響きそうな音だった。
やっぱり大学で始めたオレは勝てないなぁとは思ったけれど、大きな刺激になった。フィラ管もこっちで聞いたけれど、アメリカの弦楽器奏者もやっぱりプロは素晴らしいということがわかった。シカゴ響の金管に代表されるようにアメリカといったら金管楽器という勝手なイメージがあったが、弦楽器も決して負けていない。ウィーンとかドイツでオーケストラを聴いたらまた考え方が変わるかもしれないけどね。
この日はチェロも少しだけ個人レッスンしてもらって就寝。MaconやKirkは友達が多く、集中ホームステイ先にいろんな高校生を連れてきてくれるから楽しかった。
この日はKirkと会うのも最後。彼の英語はあまりにもbrokenなので、最後まで言ってることはよくわからなかったがこんなに親しく関わってくれたことに感謝をしている、この日は写真を一枚とって、またfacebookで会おうと約束を交わしてお別れをした。まだ明日ここを離れるという実感はなく、夜も特になんも考えず普通にぐっすり寝た。

土曜日→この日は午前中ホームステイ先のLizにPost Officeに連れていってもらった。なぜかというと日本に持ち帰る荷物があまりにも重すぎるから。おそらくすべての荷物で計50kg弱になってしまったと思う。無理矢理ケースに詰め込んだはいいものの確実に腰を痛めるレベルの重さだったので仕方なく船便で送ることにした。2週間くらいかかるらしいからちょうど観光し終わって日本に帰って数日したら届く計算だ、素晴らしい。
でも本当に先輩の言っていた通り、日本の教科書はほとんど見ることはなく、ただのお荷物になっただけだった。
普段から忘れ物が多いので、この日はステイ先に何も忘れないよう細心の注意を払い荷物を整理した。ここには書けないが、アメリカでいくつか重要なものをなくしてしまった。ここで同じヘマをしてしまったら本当に情けないので、離れる1週間前くらいから着々と準備を進めた。
自転車は300$以上もしたのに2ヶ月しか使っていなかったから、売ろうと思ったがタイミングが悪く200$で売る絶好のチャンスを逃してしまった。来年UNCに行く学生は絶対いると思うが、もしこの家を選んだら自転車は間違いなく必要だから100$で2ヶ月貸すというふうにしようかなと思っている。もし、実習終了後に代わりに自転車を売ってくれたら、半額にするっていうプランが最高。
フライト前の3時にMaconに空港まで送ってもらうことになった。最後にステイ先を離れる時は、LizもSpenceもとても悲しそうな目をしていた。気がする。
この2ヶ月間、本当にお世話になった。買い物、プロ野球、教会、ミュージカル、演奏会などに車で連れていってもらい一緒に楽しんだ。ステイ先の夕食はちょっと値段は高かったけれど、毎日ヘルシーな食事で、日本人の僕らのために毎食かならずご飯を炊いてくれていた。僕はおかわりすることが多く、Big Eaterと言われていたがそれほどここのご飯は美味しかった。たまに夕食が豪華な時があるのだが、Spenceは以前シェフをやっていたこともあるから、レストランで食べているような味で最高だった。名古屋では自炊も面倒だったので、ほとんど毎日近くの定食屋で夕食を食べていたけれど、やっぱり他の人と会話を楽しみながら食べるご飯は格別だということに気づいた。長年忘れていた家族と一緒にご飯を食べるという経験をアメリカでできたことはとても嬉しいことである。
アメリカの一般的なホームステイというのはただ単に家の一部を貸し、金を払うという形でこのように一緒にご飯を食べたりすることはない。だから普通は極めて浅い関係で終わるのだ。けれどこの家族は違った。ステイ先の家族はみんな自分たちにとても興味を持ってくれるから、会話も弾んで楽しかった。
こんな素晴らしい家に2ヶ月滞在させてもらったことは人生の宝だと思っている。
Lizはとてもハキハキとした元気の良いおばちゃんだったが、別れる時は目に涙を浮かべていた。こんな迷惑ばっかかけていた自分が離れるのを寂しく思ってくれて感慨深い思いになった。一方Spenceは見た感じ、すこし恐い形相をしていることが多いがユーモアのあって優しいいいおじさんである。道にゴミが落ちていると車を降りて拾うくらいいい人なのだ。この日はいつになく無口で淡々とお別れの挨拶を交わした。けれど、自分と同じように抑えがたい感情を抑えようとこらえているような感じがした。最後にはハグをして、Maconに空港まで送ってもらった。
空港に着くと、Maconともお別れの挨拶をした。MaconはこれからKirkと同じ大学に通うことになるらしい。高校もあと2週間で終わるから友達に会えなくなることが寂しいといっていた。大学に入ったら暇な時間を見つけて日本に遊びに来るよと言ってくれた。
研修医で忙しくしているかもしれないが、彼にはたくさんお世話になった。特に彼との思い出で一番心に残っているのはチェロとギターで二重奏をやったこと。これはパソコンに収めてあるから、消えても困らないようにあとで必ずbackupを作ろうと思う。
この後はロサンゼルスへ向かいホテルへ泊まった。また一つ大きなお別れをした。今日からはひとときの一人旅を楽しもうと思う。
今回はMaconと一緒に演奏した動画付きです。

Ashokan Farewell With Macon

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本当の実習終了

木曜日→
この日は個人でそれぞれ先生との面接があり、今まで実習で行ってきたことを報告したり、ResidentやAttendingからもらった評価をもとに成績をつけてもらう日だった。
授業ではあまり積極的に発言する機会がなかったのでその点はあまり良くなかったが、他の評価項目は割と良いもので安心した。特に他の学生、先生とのコミュニケーションという自分が今回の留学で最も大きな課題としていたものは良い評価を得られてそれが一番嬉しかった。
この日は面接が午後4時からという予定しかなかったのでかなりたくさん寝てしまった。でもたくさん寝たからといって疲れがとれるわけでもなく、また頭が冴えるわけでもなく、この日は逆にちょっと冴えない一日だったかもしれない、まぁ面接は無事に終わったけど。明日は待ちに待ったPizza Partyに行ってこようと思います。

金曜日→
この日も夜のPartyまで何も予定がなかったので極めて怠惰な一日になりそう・・・だったが、前日の反省を生かして重い体を起こし、一度UNCのキャンパスをきちんと全部見ておこうかなぁと思い立って自転車でいろいろと見て回ることにした。最後には忘れずにお土産を買うという目的もあったのだ。
UNCの病院はキャンパスの南側にあり、ステイ先はもっと南の方にあったのでキャンパスの北の特に東側の方は車で通り過ぎたことがあるくらいでよく知らなかったのでその辺を中心にサイクリングすることにした。いままで知らなかったキャンパス内の公園や建物を見ることができ新鮮。特に変わったものと言えば、学生寮がポンポンとたくさん建ち並んでいたこと。
こっちの学生は大抵結婚していて、しばしば会話の中にMy wifeがとかMy husbandがとか、たまにMy childrenがとかいう単語が出てきて初めは結構驚いた覚えがある。日本の医者よりもアメリカの方が明らかに結婚年齢は早い気がする。アメリカの医学生は経済的な負担も多い上に、かなりの勉強をしなければならず心の支えがないと医学生はやっていけないのかなぁと思った。
年を結構くっている人が多いのも理由ではあるに違いない。
なので、学生寮とはいっても結構立派なものだった。夫婦だけが住む場所はそうでもないが、子供もいる学生は普通の大きなアパートであることが多い。家の前にはバレーボールのコートがあったり、テニスコートがあって放課後や休日はたぶんそこでスポーツを楽しんでるのだと思う。
以前休日に前を通りすがった時は、夜中なのに野外で爆音で音楽を演奏していたりしたこともあった。いろんな点で日本の学生寮とはかなり違ったイメージがある。
その後サイクリングから一度家に帰り、カレーを作った。夜のPizza Partyに持って行ってみんなに日本のカレーを食べてもらおうという目論見で。
ぐっちはこの日も普通に実習があったので、終わったタイミングを見計らって病院に行き、最後の記念写真を撮ったり、Children’s Hospitalにあるピアノをいじってみたりしてきた。ちゃんと写真もたくさん撮ったし、ぐっちの演奏も録画したし、とりあえずここでやり残したことはもうないかなぁという感じで病院を後にした。
その後はPizza Party。カレーと明太子のパスタを持って、Krystinという来年からUNCの医学部一年生になる学生に車で送り迎えしてもらうことになった。Dr. McNeilの家に向かう途中に聞いたのだが、医学部に入学する試験はかなり大変だったという。これはKrystinだけではなく、ほぼすべての医学生が同じように答える。ただ単に頭が良く、テストの点数さえよければ受かるわけではない。面接の評価はもちろんのこと入学する前にしてきたボランティアまで評価されるのだそう。SHACにいたスペイン語通訳の一人はテストの点数はよかったが・・・ということでボランティアをやっているという話をしてくれた。
Pizza Partyの開かれるDr. McNeilの宅に到着し中に入るとなかなかの豪邸だった。
今まで一緒に実習をしてきた3年生やIntern、Residentも集まっていて、これが彼らに会える最後の機会かと思うと、なんだか寂しい気持ちになった。でもその分このPartyを十分楽しんでおこうと思った。
以前ぐっちと一緒に作ったカレーと同じレシピで作ったカレーはとても好評で、みんなが食いついてきた。このカレーにはいったいどんな材料が入ってるんだとかこのカレーは日本で買った物なのか、それともアメリカでも手にはいるものなのかなどなど。
作った料理を気にいってもらえるとつい調子に乗ってしまい、上機嫌でいろいろな質問に答えていた。一方パスタの方はなんだか微妙なリアクションに終わった。アメリカ人の料理に対する反応は残念なことにとてもわかりやすい。ダメなときはマジで食べない。
日本人なら結構無理して食べる人も多いと思うけど。現に自分は中学生のときにほんの一時だけカナダ出身の先生に英語を教わっていたことがあったが、そのとき一度カナダ料理をご馳走してもらうときがあったのだ。その人はカナダでも結構北部の方の出身らしく、料理が塩辛すぎてほとんど食べることができなかった。かなり無理をしても。
自分がそういう経験を過去にしていたこともあり、異国の料理が受け入れられない気持ちは結構わかるかもしれない。パスタはあまり好評ではなかったが、それはそれで納得してしまうのだ。
Partyにはチェロも一緒に持って行っていた。Gabrielという3年生が10年以上もチェロをやっていたという風に聞いていたので彼に演奏してもらったり、一緒に楽しさを分かち合えたらと思って持って行ったのだった。しかし、チェロを子供が発見するなり弾いて弾いてとせがまれてしまい、その場の流れで弾くことになった。弾いた曲はバッハの無伴奏1番の1と2である。ギャラリーが多くて音を間違えないように気をつけて弾いていたので音楽性がかなり欠けた演奏になっていたと思うが、みんなが真剣に聞いてくれて演奏してよかったと思った。

しばらく談話した後は先生や3年生のみんなとお別れ。来年の生徒もWelcomeだと言ってくれたので少しでも興味がある来年の留学生には是非お勧めしたいと思う。
この日は本当の実習終了。Facebookでも気づいたら現地の友達が増えていてそれが感激。
いつか日本に来るときがあったら連絡よろしく!といってお別れをした。
本当にこんなにつたない英語を聞いてくれて、真剣に関わってくれた現地の学生と先生には感謝してもしきれないという気持ちでいっぱいだ。

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最終週(実習編)

火曜日→
いよいよ最終週になってしまった。小児神経内科に初めて来た頃はわからないことだらけで、正直一日がものすごく長く大変に感じた。けれど、最終週になってみるともう終わっちゃうのかぁという感慨深い思いになった。
3連休明けで体が完全にだれていたので朝から本領発揮するのは大変だった。
この日は明日のカンファレンスで学生はなにかcase presentationをしろというタスクが課せられた。しかし、他の3年生はまだfollow upしている患者がいるが、僕はいなかった。
つまり発表する症例がなかったのだが、「じゃあ別のトピックのプレゼンやらせて。」といったらじゃあ小児のstatus migrainosus(持続する片頭痛)の治療についてプレゼンはどうかという提案をもらったのでそれにとりかかることにした。2ヶ月前の自分だったら絶対ここで「プレゼンやらせて!」なんて言わなかっただろうが、なんとなく気軽に言えるようになったのはかなりの進歩な気がする。
でも一日で論文をいくつかとuptodateいくつかを読み上げて、power pointにまとめるのは結構大変な作業であることには変わりない。この日は結局、プレゼンの準備に7、8時間くらいかかった。DHE-45という今じゃ結構commonな頭痛薬の小児に対する治療を調べようとしたが、なかなかいい資料が見あたらなくてそれを探すのがかなり苦労した。結局いい資料がなかったので成人のacute status migrainosusに対するDHE-45の論文を中心に話を進めることにした。選んだ資料は統計学をちょっとかじったmeta-analysisだったので、methodを理解するのに結構苦労した。でも読むスピードはこっちに来てからの2ヶ月、特に1ヶ月を過ぎたあたりからだいぶ進歩してきたので、そこの苦労は結構減った気がする。

水曜日→
3年生と同じカリキュラムに則って実習しているのでこの日が実習の最終日だということを知った。木曜日は個人の面接、金曜日はテストとpizza party(Dr. McNeilという生徒の教育を担当しているドクターの家にて)だ。
最終日は有終の美を飾るにはふさわしい一日であったと思う。
まず朝はjeopardyという講義に参加。これがかなり面白かった。
クラスは合計16人いるのだが、8人ずつに振り分けられる。スクリーンには100~500pointの問題が複数あり、pointが高いほど問題は難しい。それぞれのチームのメンバーが順々にそれらを選択し、もう片方のチームが提示された問題に答えるというもの。もし答えられるとその分のpointが加算され、ミスると0pointになる。自分に課された問題は2問。一つは簡単で助かったが、もう一問はわからなかったのでこっそり横の友達に答えを聞き、無事合計400pointを稼ぐことができた。
こっちに来て、とても嬉しいこと。それはみんながすぐに自分の名前を覚えてくれたこと。
Kazというニックネームは覚えやすいのかもしれない。
答えが合ってた時、横の3年生2人が”Good job, Kaz!!” と言ってくれた。
それだけじゃない、いつも挨拶するにも、必ず”Kaz!! Hi, how are doing??” とか”See you later, Kaz!”だったり、”Kaz!! Let’s eat out lunch!” など節々で自分の名前を呼んでもらえるのが些細ではあるけれど、自分にとってはとても嬉しいことだ、ちゃんと同じメンバーとして認識してくれている。
その後はレクチャーを途中で抜け出し、カンファへ。いざプレゼン。
いつもと違い、power pointを使って説明をしていく形式だったので多少緊張したが、緩急をつけてしかも強調したいところは強調してプレゼンをできた。1ヶ月前よりは自分的にも満足のいく進歩だった。20分くらいのプレゼンで疲れたが、発表が終わった後はみんなが拍手をしてくれてそれが嬉しかった。
その後はいつものように回診。
昼はobserved neuro examという試験があった。以前にも同様のをやったが、今回はresidentが評価を1~10の10段階で点数をつけそれが成績に反映される。正直なかなかキツイものである、なぜなら患者さんが言ってることが外来だと予測できず聞き取りに支障を来たすからだ。
この日見た患者さんは、
39歳 男性
母親とともに来院。
左のtemporal lobe sclerosisがあり、週に1度のペースで右上下半身のjerkを伴ったcomplex partial seizureを起こす。病変は慢性化しており、抗てんかん薬を服薬しているがコントロールが悪いということで来院。精神遅滞もある。Right sided weaknessとくにdistalで強く、歩くのがなかなか難しいとの訴えもあった。
自分がやったのは病歴聴取ではなく細かい神経に的を絞った身体診察。
適宜声をかけながら適当な指示を出し、淡々と進めていく、本来なら。
しかし、患者さんは反応が遅く、また難しいタスクに従うことや喋ることが困難だったのでなかなか苦労した。まずはMental Statusを見るのが鉄則なのだが、AAO(alert, awake, oriented to person, place, time)を確認した時点で、かなり困惑していた様子だったのですかさずMMSEをとることにした。けれど、これも最初の質問から思うように進まなかったので中断。
その後はある程度順調に進み、終了。終了後は異常所見をResidentに確認。
異常所見はperipheral visual deficitの疑い、左注視で両側の眼に左方眼振、顔面の左右非対称(facial droopはなし)、MMTでは右が上下半身とも近位部で4/5で、遠位部で3/5、残りは5/5、腱反射は下半身で両側とも減弱、左右差なし。両側Babinski negative。Coordinationは右優位に異常が見られたがmotorの問題に起因しているとも思われる感じ。
歩きはおぼつかない感じであったが、Rombergは陰性。と言った。
Residentにこの症例はpropioception(位置覚)も確認すべきだったねとの痛い指摘を受けた。でも後で評価を見せてもらったら10点満点をもらえていた。めちゃくちゃ嬉しい。もうここまで来ると自分の診察能力を懐疑的に思うこともなくなってきた。
以上で病院は終了。その後は日本に帰ったときのための大学のおみやげを購入。
記念に自分用にもscrub2着を買ってしまった。
その後は例のSHAC clinic。
SHACに来るのがこの日で3回目。ぐっちは4回目だったが、自分は1回サボってしまった。基本的にやることは外来診察と一緒である。
患者さん一人目
差別用語になってしまうがこちらでは普通に使われている単語”Hispanic”の患者さんであった。
39歳 女性
高血圧があり、来院時はBP150/90、lisinopril10mg BIDを服薬しているがコントロールがあまり良くない患者さん。今回は残りの降圧薬があと1ヶ月分しかないため、その処方箋がほしいということで来院。SHACにはスペイン語の通訳をやっている生徒がたくさんいる。大抵は中学や高校からずっとスペイン語を勉強してきて、大学を卒業し、Medical Schoolに入ろうと考えている人たちばかりである。この日はとってもセクシーな全身紫のワンピースをまとった通訳の人についてもらった。
高血圧の管理は以前のカルテに詳細に記載されていたので、的を絞ったROSを進めていく。まずは全身状態。Fever, cough, chill, weight loss, loss of appetite, malaise, nausea, vomiting, diarrhea, constipation, urinary problem, bloody stool/urineなどから始めHTに関係するROS、Headache, neck pain, stiffness, palpitation, tachycardia, chest pain, cold sweat, back pain, abdominal painなどを聴き、
Headacheもあることがわかった。子供を産んでからしばらく続いているみたい。ほぼ毎日夕方になると痛くなるらしい。がそれほどでもなく1~10のスケールでいうと4くらい。Ibuprofenで解消しているらしい。Neck stiffnessも訴えていたのでおそらくtension headacheだろうという見当をつけ、身体所見へ。
身体所見は神経所見(脳神経含む)とHEENT、心音のみ。ここではquickな診療することがトレーニングの目標の一つでもある。患者さんをいかに待たせずにいい診療ができるが勝負だ。結局すべてを5分くらいで片付けることができた。通訳のセクシー姉ちゃんがわかりやすく喋ってくれたのでとっても助かった。
その後は一緒に診察室にいた3年生が軽くカルテを書いてそれを仕上げ、residentにプレゼン。楽な症例だったが、ここはお金のない患者さんがたくさん来るところ。いかに安くてしかも効果がしっかり保証されている薬を処方するかも大きなポイントの一つである。
このクリニックは基本的に患者さんのフォローアップもしっかりやっているが、問題が大きい場合にはUNCのFamily Medicineへ紹介することになっている。
この患者さんはlisinopril10mg BIDでコントロールが悪かったため、薬を増量するかそれとも別の薬を処方するかという議論になった。患者さんは一ヶ月分のlisinoprilを持っていることを考え、lisinopril10mgとthiazide(名前を忘れた)12.5mgの合剤一ヶ月分とthiazide12.5mgを一ヶ月分処方して二ヶ月持たせようという作戦になった。つまり、今のままでは降圧薬の効果が不十分なので今持っている薬も同時に使用し、lisinopril10mgとthiazide 12.5mgで治療しようというわけだ。アメリカの医療ではコストの問題が常につきまとう。患者さんの多くはそこをかなり心配しているし、医者のその辺はみなナーバスなのだ。

患者さん二人目

49歳 African American 男性

ヘルニアだという風にnurseのカルテに書いてあったが、どこのヘルニアだかさっぱりわからない。椎間板ヘルニアなのか横隔膜ヘルニア、それとも鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアなのか。とりあえず問診しに行くことになった。今回も問診・身体所見担当は自分でやらせてもらった。なかなかのbroken English。正直問診しても半分くらい答えが理解できなかった。
二日前に岩を持ったときから右鼠径の当たりに違和感を感じているとのことだった。昨日から少し痛みを感じ始め、今日の朝体をねじったときに痛みが走ったらしい。
この痛みは今回が初めて、痛みの程度は4くらい。上半身を左にねじったときにもっとも痛むらしい。
Social Historyが強烈な人だった。薬物を18年間くらいやっていて、薬物をやめるための施設にしばらく入り出てきたとこらしい。仕事はついこの前、解雇。
皮膚の切り傷の後のようなものは何かと聞くと、ナイフで刺されたと答えた。Philadelphiaにもともと住んでいた人らしい。NCではこんな患者はuncommonだ。
その後はAttendingにカルテを書いた後、プレゼン。超単純な病歴だが、ここでもGood Job!の一言がいただけた。今日は特に英語のoutputがfever状態だった。
ナイフで切られた話をすると、Attendingが以前SHACに銃創で危篤状態の人が運ばれてきたことの話をして、盛り上がっていた。このSHACは当然primary care専門。そういう患者さんは残念ながら扱えないのだ。
再び診察室に戻り、Attendingとともに診察。今回の診察は「鼠径部」だ。黒人がパンツを半分下げてすでに準備万全の様子だった。鼠径ヘルニアの診察の仕方を教えてもらい、入念に触診した。痛いといっている右の鼠径が咳とともにふくらむ気がしたが、attendingが診察するとそれはnormalな所見で鼠径ヘルニアではないと言われた。残念!
鼠径ヘルニアの場合は大抵目で見てもわかるくらい咳で鼠径がふくらむのだそうだ。
患者さんは診察が終わったあと、お前(自分)の方が触診がこの女性(Attending)よりもかなり強かったといわれてしまった。”I examined you very very carefully just for “sure”!”と適当に返事したら笑ってくれた。
Attendingが銃創患者が来たことを患者に話して笑っていると、患者さんはオレも銃で撃たれたことくらいあるよと暴露し始めた。本当にすごいSHの人だ。
よく頭を見ると左の額にくっきりと銃痕が残っていた。交通事故もあるし、ビール瓶でなぐられたこともあるとか・・・。正直聞いていたらキリがないので興味はあったが、診察を終了させた。
この日はプレゼン3件、見た患者さん3人とかなり充実した日であった。実習の最後をこんな形で締めくくれてとっても幸せな気分でした。
後半は平日ですが、休みでした。また今度書きます。
《写真1枚目》
小児神経内科のグループの写真
左から自分、Nicolas、Adam、Dr. Tennison(Attending)、 Dr. Chang(Fellow)、Dr. Alexandra(Resident)、Nicole。UNCの3年生が三人います。
《写真2枚目》
実習終了直後の病院の風景。
《写真3枚目》
左の二人は検査技師の学生、そして自分、UNC4年生
《写真4枚目》
SHAC clinicにいる人たちを全員集めてみた。
今日が最後のクリニックなんだよといったらすんなりみんな集まってくれた。
感謝です。紫の服着た女性がセクシー通訳さんです。
《写真5枚目》
SHAC終了は大体11時頃。終了後、建物を撮ってみた。


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第7週目(休日編)

こっちにきてからいよいよ最後の休日だ。
土曜日→
ブログを書いたり、skypeしているとあっという間に時間が経ってしまう。この日の前夜も両方していて結局寝るのが4時になってしまった。Skypeというのを考えたのはルクセンブルグ会社らしい。非常に素晴らしいアイテムで留学には欠かせない。これがなかったら今回どんなに困った留学生活しているだろうと思う。
親と電話して物を送ってもらうとき、人恋しくなってしまったとき、複数人でチャットしたいとき、電話料金がもったいない、でもリアルタイムで話さないといけないなどすべてのシチュエーションで使える。
このご時世skypeのようなものが出てくるのはそれほど驚きでもないけれど、これがタダだというのが一番の驚き。広告とかも見あたらないし、サイトを立ち上げた人はどうやって儲けてるんだろとか思う。
そういえば名大の産婦人科に来てたベトナム人も家族とskypeしてるって言ってた。いろいろと話を聞いてみると子供が生まれたばっかりで日本に来てしまったたため、かなりのホームシックらしい。こっちにPhDを取りに来たようだ。
でもなんで日本なんだろう?なんでアメリカじゃないのかな?と思ってしまった。

それにはいくつか理由がある。
彼は産婦人科医として一日に一人でお産を100件近くこなすとかとんでもないことを言ってたけれど、それでも日本に来るにはより莫大なお金が必要らしく、友人に大量のマネーを借りたと言っていた。日本の医学は世界的な視点から見たら進んでいるほうなんだろうが留学には適さないと思う。たぶんアメリカに行くのもそう金額的には変わらないだろう。
そして彼はもちろん日本語は喋れない、英語オンリーである(半端じゃなく発音が悪い)。ベトナムでは医学をすべて英語で教育している。というより、ほとんどの東南アジア国は英語で医学を教育しているらしい。たぶん医学単語が自国語に翻訳されていないのだろう。言語面でもアメリカへ行った方が、おそらく勉強する上で非常に効率がよいだろう。
そしてコミュニケーションの問題でも同様だ。
こっちへ来て、思うが自分は英語が多少聞き取れて、多少喋れるが、それでもアメリカでの日常生活に苦労することが多い。一方彼は日本語をまったく聞き取れないし、英語は喋れるがおそろしく発音が悪いため(ベーシックサイエンスのことをバシックサインスと言ったりする)日本人にはほとんど通じない。すなわち、ほとんどコミュニケーションがとれないということだ。日本にいるときは彼の苦労がわからなかったが、今自分がアメリカに来てようやくその大変さがわかった。
一度彼が”I want to try any kind of Japanese food”と言い誘ってくれたので、学校の近くの寿司屋に食べにいくことにしたことがある。彼はとっても嬉しそうだったが、寿司を一貫ほおばると急に元気がなくなっていった。どうやら生の魚がダメだったらしい。
ベトナムでは魚は煮るか、焼くかして食べるんだよと言われ、微妙な感じで寿司屋を後にして以来、彼とは食事に行っていない。今思うと相当可哀想なことをしてしまったなぁと反省している。日本人はもともと排他的で、よっぽどの努力がない限り東南アジア系の人が日本人と親しくなるのは難しいと思う。一方、アメリカでは実際は排他的なところはあるんだろうが、”Hey guys, how are you??”と声をかけてくれる。とっても大きな違いだ。
日本に帰ったら、東南アジアから来ている留学生にもっと優しく接することにしようと思っている。
土曜日は大したイベントはなかったが、家族に親子丼を大量につくってご馳走した。実は先週末はお好み焼きをつくったのだが、これが意外とあまり好評でなかったみたい。中身は野菜とお好み焼きの粉だけなので、お好み焼きの中は多少生になっていても表面がしっかり焼けていればいいかなというのが僕らの感覚だったが、彼ら的にはちょっとその辺がアウトだったのかもしれない。前回カレーをつくったときは最高だよと絶賛してくれたのに、お好み焼きは「これは斬新な味だね。」としか言われず、黙々と食べていた。だから、今回の親子丼は密かにそのリベンジも込めていた。
親子丼はばっちりうまくいった、調理の仕方もyahooグルメという便利なサイトを調べ、パソコン片手に作っていたから失敗のしようがない。名古屋での一人暮らし生活ではほとんどが安い近くの定食屋なのだが、たまに親子だけは作る、簡単だし腹がふくれるから。
なので多少自信もあった。この日はホストファミリーみんなが美味しいと言ってくれてよかった。作った甲斐があったわ~、やっぱり料理って自分で作って人に喜んでもらえるとすごく嬉しいものだ。自分一人で作って食べるのは喜びを分かち合えないから自炊しないんだという言い訳ができる。
この日は夜中Maconと高校の友人Kirkに連れ出され、ぐっちと二人で謎のパーティーに行ってきた。車で夜道を走ること5分程度、ある大きな家に辿り着いた。中に入ってみるとすでに顔が若干赤い高校生と思われる男女が6人くらいいた。怪しげな雰囲気だったが、冷蔵庫の中を覗いてみると信じがたいほど大量のビールが・・。確かこっちは21歳未満は酒ダメなはずだけど。話を聞くと、そのpartyのメンバーのうちの一人が21歳で彼がビールを買ってみんな振る舞うというpartyだということがわかった。
家に入るなりいきなり酒をつかったゲームに参加させられた。あんま飲めないって言ってるのに・・。酵素の作りが違うことは目に見えていたから、アジア人は残念ながらお酒弱いんだよとあらかじめ言っておいた。一緒に扱われたらデロンデロンになって家に帰れなくなるし。
PartyではBeer pongというゲームをやった。これは2人一組でチームになって2対2で対決するゲーム。カップがテーブルの上に端にそれぞれ6つくらい置かれていて、その中にはビールが入っている。お互いのチームが交互にピンポン玉を投げ合い、入れられたチームのどちらか一人がビールを飲み干すというゲーム。高校生なのになかなかCrazyだ。
結局そんなゲームを彼らは延々と続けていたにもかかわらず、日本の大学生の飲み会で見られるような、途中でトイレに行って吐いちゃう人や酔いすぎてうなだれている人などは誰一人としていなかった。ただみんなすごいハイテンションだった。
Beer pongもぐっちとタッグを組んで挑戦!こっちはチキンだったのでビールの量を減らしてもらってしまった。これがかなりのadvantageになるのだ。
なぜならカップに玉が入って飲めば飲むほど玉のコントロールが悪くなるから。結果はハンデをもらったこともあり、JAPANチームが2回連続で勝利してしまった。ゲームをやっている間はMaconはずっと「サムライ、サムライ!!」と叫んでいた。多分彼が知っている数すくない日本語なんだろう。でもサムライはもはや半分以上英語化してる気もする。
なんだかオールナイトの雰囲気だったので、体が持たないだろうと思い、中国人のハーフの人が途中で帰ると言ったのですかさず車に乗せてもらい家に帰ることにした。こっちのdrink partyに参加すると結構危険なんだということがわかった。デジカメを忘れてしまったため写真をアップできないのが残念。誰かfacebook(アメリカでいうmixiみたいなもの)のアカウントを持っている人がいたら見てみてください。かなりcrazyです。

日曜日→
この日は午前中などやることがなかったので勉強。そして来週末にはロサンゼルスの方に飛んでいってしまうので、くちゃくちゃになった荷物の整理をしていた。午後はまたまた理学部の教授をされている先生の家に招いてもらってしまった。これで実に3回目。
この時が留学期間で唯一日本人同士で集える機会である。
この日は前回よりもさらに神がかっていた。なんと群馬大学出身の消化器内科ドクター夫婦が来ていた。群馬関係者計5人/ 6人(残り1人がバリバリ名古屋出身のぐっち)だった。先生は臨床を8年間された後、NCに来て今はNIH関係機関でresearchをされているらしい。臨床をやりながら研究をすることがいかに大変かという話を聞くことができた。
この日もチェロを持って行くと子供がぞろぞろと集ってきた。いろいろダメな点を発見するコメントをしたりしてしまうたちなのだが、このときばっかりは自由に触ってもらうことにしている。楽器を初めて体験する子供はまず何にも縛られず、自由にやってみた方が楽しいに違いないと思っている。あまり口出しをすると急につまらなくなってやめてしまうのだ。白熱してくるとたまに危険なパフォーマンスをしたりもするが、そこさえ抑えれば特に問題はない。まぁそもそも楽器に保険がかかっているのであんまり気にしていないのもある。笑
NY style stake(?)というのをご馳走になったのだが、これが格別に美味しかった。小学生の時に1度だけハワイに旅行したことがあるのだが、そのときのステーキがゴムの靴のような味で、それ以来アメリカのビーフは食わず嫌いになってしまっていた。けれど、この肉はよっぽど日本の牛肉よりも美味しかった。
一番気になったのが、アメリカの漫画!ドラえもんが何冊か置いてあったが、これがすごく面白い。日本語と英語が両方書いてあって、楽しみながらも結構勉強になる。
ドラえもんなんてしばらく読んでなかったが、今になって振り返って読んでみると意外と面白くてハマッてしまった。
先生のご家族には去年UNCに来た先輩方もお世話になったらしい。前回家に招待してもらったときはきっとこれが最後だねという話をしていたが、結局最後にもう一度お邪魔してしまった。休日に勉強、料理、サイクリングしかやることがない身にとってはとっても有り難いことだった。群馬県出身のご家族だし、とても親切にしてもらったし、これからもこのご縁を大事にしていきたいなぁと思った。
来年UNCに来る生徒も先生のお宅にお邪魔すればもれなく肉が食べられますと宣伝しとこっと。
3連休だったけど3日目は家に引きこもりだったので、休日の日記はこれでおしまい。
《写真1枚目》
《写真2枚目》
《写真3枚目》
すべて日曜日に先生の家で撮った写真です。

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第7週目(実習編)

休日に不規則な生活をしていたから、平日になると朝がとってもつらい。
月曜日も朝は6:00起床。こっちに来てからつくづく自分は朝弱いなぁと感じる。

こっちでの平日の普段の生活はこんな感じだ。
いつも、起床1時間後までには病院に行って、follow upしている患者さんの様子を見に行き、昨日から今日にかけて何かイベントがあったかどうかを患者さんとその家族に聞く。Nurse report、Lab data、 Radiology reportなどを参照し、30分以内にSOAP形式で患者さんのpresentationのための準備をして、7:30~8:30は3年生の講義に参加。これがかなりadvancedな内容でかなりためになる。正直、ポリⅠの講義とは全然次元が違う。生徒と先生がとてもinteractiveで議論が絶えない。先生はどんどんと生徒に質問を投げかけていく形式で、みんな朝早いのに頭はフル回転。質問のレベルが高いのに、生徒のレスポンスがとてつもなく早くたまに答えがわかっても自分が答えられることはほとんどない。たった1時間の講義だが、密度は非常に濃く、case discussionなら多ければ10case以上、その他今までepilepsy, stroke, symptomatic HA, primary HA, movement disorder, neuromusculoskeletal disease, MSの講義を受けてきた。つまらないと思った授業はほとんどない。また、身体所見を互いに素早く取り合う練習もする。
その後は、病棟に戻りまだ準備が足りなければ、9:00からカンファレンスに備えて準備。
9:00からのカンファレンスでは新患ならば、前日までに病歴、身体所見を取り、Assessment/Planを自分なりに考え(どうしてもわからないときはFellowに聞く)、カルテを書き上げ、それに前述の内容を加えてPresentation。Follow upの患者さんならば、follow upの内容だけをプレゼンすればいい。3週間毎日繰り返してきたから、もうだいぶ慣れてきた気がして嬉しい。
その後は12:00ちょっと前まで回診。素早くカフェに行き、昼飯をゲット。飯を持ったまま、さらに12:00~13:00の講義に参加。Infectious Diseaseにいたときはしばしばresident, intern向けの症例検討に参加していたが、あれはかなりハイレベルだった。自分は3年生の講義でもお腹いっぱい。知らないことがたくさんある。
昼の講義が終わると、病棟に戻りInpatient progress noteを作成、新患がいればpick up。
退院する患者さんがいれば、Discharge summaryを作成。
3年生3人と一緒に病棟にいるが、患者さんの取り合いになることもしばしば。ただ彼らは僕よりも2倍以上仕事が早いので、自分は常に持ち患者さんは大体1人のことが多い。慢性疾患でも診断がついて、状態が少しでも良くなればすぐ退院。急性期疾患もある程度コントロールできれば、いち早く退院していくので患者さんの回転は速い。よく言えば、入院から退院まで見られるし、悪く言えば、「もう退院するの??」っていうケースがかなり多い。
コアタイムは5時までなので、ある程度やることが終わったら、Outpatient clinicへ。
初めはOutpatientもやる予定だったが、かなり自分にはハードルが高いので今はパスしている。来週チャレンジできたらしてみたいと思う。
小児神経内科はてんかん、頭痛などが多いが、非常にまれな疾患の患者さんも多く入院してくる。このような症例を担当することになると、家に帰ってからもAssessment/Planを考えなければならないこともあり、それがかなりきつい。
またUNCは2010年のThe best of medical schoolに選出されたらしいが、生徒の教育は半端じゃなくすごい。オリエンテーションの時、いろいろなものを渡されたのだが、水曜や金曜の夜はDVDの教材を見ることになっている(自分はサボっている)。毎日の講義の事前予習項目も書かれていて帰宅後は問題集を毎日こなしていく。金曜日の7:30~8:30には小テストがあり、その中からpick upされた問題が出題され、その後は先生の解説という感じ。来週には500問のなかから100題出題されるテストがあるので、今週末はそれに追われそうだ。彼らの英語を読むスピードは尋常じゃなく速いので、テストを時間内に終了させることはたぶん無理だが、悪あがきをしてみようと思う。
また、症例のまとめレポートを2回提出することが義務。それは先生に評価され、それが成績にも一部反映される。また、Observed neuro examというのもあり、実際の患者さんをResidentの前で診察し、きちんと診察できているかをチェックする試験もある。この前一度それは受けたが、難なくこなせた。しかし、前回のは評価対象ではないので来週のまた同じ試験でよいperformanceを見せないといけない。
今週担当した症例は少なくわずか2件。しかし、follow upに追われるのでそんなに楽ではなかった。症例が簡単だったので助かった。
今週は先週よりも色々な点で成長が見られたと思う。てんかんの患者のマネージメントが理解できるようになり、conferenceで生徒やAttending, Residentがdiscussionしている内容も次第に流れが理解できるようになってきた。来週はいよいよ最終週。
完全燃焼で終わることができるよう全力を尽くしたい。
下は平日の夜に行った野球観戦の写真。

Durham Ballという球場で野球観戦
Frontal Cakeという球場の名物菓子(UNCの学生に勧められて買ったが、油っこすぎて無理だった)
球場でのイベント
Spenceとぐっち
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